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伊助くんのこたえ探し1(パンクスとねこ)

僕を縛っているものは何?

誰かが部屋の真ん中のベンチに座っています。
彼の名前は伊助(いすけ)くん。

伊助くんは振り返ります。気づけば人生三十五周年も目前です。
すっかり人間であることに慣れすぎた伊助くんは、そういえば自分がヒトだって事を忘れつつあるなぁなんて考えながら今日を過ごしていました。

少し前から移り住んだ古い一軒家は一人には少し広すぎる家で、天井の雨漏り跡のシミが時の流れを感じさせます。広いのはいいけど古いからいろいろ低かったり幅が合わなかったりするんだよなぁ……。そういえば最近背中が丸まってきたなぁとか腰が痛むなぁ。このまま年老いて一人寂しく死んでいくのかなぁ。お金もたまらなくて不安だし時間がなくてやりたいこととかまだ全然やれていないなぁとか。伊助くんはそんなことを人間らしく悩むのでした。彼は自分の胸に手を当てて問いかけます。

僕を縛っているのは何?
ていうかどこに縛られているの?
誰にも縛るよなんて言われてないし、そこから動くなよなんて脅されてもいないよなぁ。
でもお金は足りないなぁ。
足りないってどこから見て足りないのかなぁ?
僕は一体何に悩んでいるのでしょうか?
そもそも本当に悩んでいるのでしょうか?
でもふと胸をキュッと締め付ける悲しみや
頭の前のほうがクゥーっとなるモヤモヤに襲われるのは本当なんだよ。

お願い教えてパンクスさん


よくわからなくなってきたので彼はパンクロッカーさんに聞いてみることにしたようです。

伊助くん

おーいパンクスさん。僕は一体に何に縛られて悩んでいるのでしょうか?

首や腕につけた鎖をガチャガチャ鳴らして、パンクスさんがガムを膨らましながらやってきます。

パンクスさん

そらおめぇシステムと常識よ!

パンクスさんが【U】の文字が刻まれた中指を突き出しながら教えてくれました。

伊助くん

ほう。なるほど!ではどうしたら縛られなくなりますか?

パンクスさん

ぶっ壊すのよ!全部!

パンクスさんの舌先のピアスが光ります。

伊助くん

なるほど!ぶっ壊したあとはどうすればいいですか?

パンクスさん

……おめえはよぅ。きっとぶっ壊さないほうがいいぜ。

伊助くん

エッ!そんな!どうしてですか?

パンクスさん

きっと誰かを恨みそうだからさ。

伊助くん

……そうですか。ではぶっ壊すのはやめておきます。ありがとうございました。

パンクスさん

ロケンロースゥインドーゥ。またな!


そう言って手に持っていた瓶を放り投げてパンクスさんは去っていきました。

縛っているものが何なのかをパンクスさんが教えてくれて、伊助くんは少しだけ晴れやかな気持ちになりましたが、解決策は見いだせませんでした。
そこでハッと彼は気づきました。しまった。一体どこに縛り付けられているのかを聞き忘れてしまいました。
システムや常識が僕を縛り付ける場所って?
パンクスさーん!もう一度呼んでみてもバンドワゴンに揺られて出ていったパンクロッカーは戻ってきません。

仕方なく伊助くんは二階に上がって丸くなって寝ている猫を揺すって起こします。
猫は眠そうに目を擦って大きな口を開けてあくびをしました。
あくびをしているときの猫の顔を正面から見るとちょっと怖い時があるよなぁなんて思いながら彼は猫の顔をにまにまと眺めます。猫は伊助くんを一瞥したあと、また可愛い前足に頭をおいて寝始めようとしたので伊助くんは急いで呼び止めました。

一体何が嫌なのさ?

「あっ!ねぇ待ってくまさん!」
揺さぶられながら猫のくまさんは渋々目を開いて伊助くんの手をはたきます。

伊助くん

僕はシステムと常識に縛られているらしいんだ。ぶっ壊すしかないんだけど僕はぶっ壊さないほうがいいんだって。

くまさん

それはよかったね。


そう言ってくまさんはまた横になって後ろ足を伸ばしました。

伊助くん

「全然良くないよ!結局は縛られたままなんだよ!」

くまさん

「でもぶっ壊さないほうがいいんでしょ?そもそも縛られたままだと困るの?」

伊助くん

「困っているかはよくわかんないんだけど縛られたまんまは嫌だよ。なんとかならないかな?心がずっともやもやしてるの。」

くまさん

「壊すものもなくて、困っているものもないのに一体全体どこに縛られてるっていうのさ。」

くまさんは少し怒って最後にフーっと言いました。

伊助くん

「よく聞いてくれた!くまさん!やっぱりきみは最高の猫だね。それをずばり聞きたかったんだよ。」

くまさん

「伊助くん。君自身は何に縛られていると感じているわけ?」

くまさんがあくびをしながら彼に尋ねました。

伊助くん

「それがわかったらわざわざ起こして聞いたりしないよ。でもまあシステムや常識は世界のルールみたいなもんだから僕を縛っているのは世界ってことかな?もっと言えば国?県?街?ずっと自分以外の誰かのために生き続けるってことかなぁ?そう思うと辛くなってきたぞ。あぁ嫌だなあ。」

伊助くんは悲しくて泣き出してしまいました。それをねこのくまさんはじっと見ています。

くまさん

「伊助くん。じゃあきみは僕のごはんを用意したり、トイレの掃除をしてくれるときも嫌々やってくれてるの?」

ねこのくまさんが優しく尋ねます。

伊助くん

「そんなわけないじゃないか!」

伊助くんはそう言い返すと、もっと泣けてきました。

くまさん

「じゃあきっと誰かのため生き続けるのが辛いわけじゃないよね。」

「それもそうか。」と伊助くんは泣き止みました。

くまさん

「壊したいものも困ってもいない伊助くんを縛っているのはね……むにゃむにゃ。」

ねこのくまさんは言い終えないうちに今にも寝そうです。

伊助くん

「あっ!くまさんだめだよ寝ないで!教えて!」

くまさん

「……きみを縛っているのはね。伊助くんでありたいという君自身じゃないかな?」



「どういうこと?」
「もうこれ以上は無理。おやすみ」
伊助くんは理由がわからず尋ねますが、くまさんはそう言って丸くなりました。さすがにこれ以上無理やり起こすのは伊助くんも気が引けたようで諦めて寝顔を見つめながら一人考えます。

僕を縛っているのは常識やシステムじゃなくて、僕でありたい僕自身?
どういうこと?
僕じゃないことが苦しみだったんじゃないの?
僕が苦しみなの?

頭がぐるぐるしてきた伊助くん。
そんなつもりじゃなかったのになぁなんて思いながら
今日はもう考えるのをやめたようです。

散歩してアイスでも買ってこよ。
そういって立ち上がりました。

第二話へ続く)

第一話あとがき

第一話いかがだったでしょうか?

壊すべきものが見えない伊助くん。彼の悩みの正体とは一体何のでしょうか?

それは本当は私にも見えていません。それでも漠然と襲ってくる不安。

それを慢性不安症候群と私は名付けたいと思います。

ただ一つ言うなら、自分の中で感じているギャップが自分自身を苦しめているのではと思います。そのギャップの出どころは本来同じだと思うのですが、伊助くんは外的なものであると勘違いしているのかもしれません。

そしてそれは、自分の内側から諦めたくないという声と、諦めなさいと言う声が交互に聞こえてくるちょうど伊助くんのような若者期の終わりに感じやすいのかもしれません。

しかし、パンクスさんが言うように誰かに答えを求めなくては生きていけないのであれば、そこには何もありません。

伊助くんはやらなくていい理由を探していたのかもしれません。でも本当にそれでいいのか?私自身も自分の中にいる伊助くんにこの物語を通じて問いかけていきたいと思います。